
2026.10.09
あなたの「また今度」が、二人で老いる時間を奪っていく。――シリーズ「お墓は、命のバトン」
※本稿は、新聞に掲載された短歌を題材に、筆者の視点で再構成したものです。筆者自身の体験ではありません。

あなたが死んだあと。
あなたの名前が刻まれた墓石の前に、誰が立つのでしょう。
考えたことは、ありますか。
あなたが先か。隣にいる人が先か。
そんな順番は、誰にもわからない。
人生は、こちらの都合を待ってくれません。
もし、あなたの名前の前に立つ人がいなくなったら、その石には、名前だけが残ります。
今日、話したいのは石のことではありません。
石に刻まれたその名前の前に立つ人のことです。
梨を、二人で食べたかった
新聞の歌壇に、こんな一首がありました。
豊水を買って坂道ひと休み二人で老いて暮らしたかったな
「二人で老いて暮らしたかったな」。
この一言が、胸に残りました。
梨をひとつ買う。坂道で、ひと休みする。
それだけの暮らし。
けれど、そこにはきっと、たくさんの時間があった。
梨の皮をむく人。半分に割って、大きいほうを渡す人。
「今年の梨は甘いね」
「ちょっと休もうか」
そんな、誰に見せるわけでもない会話。
記念日でもない。
旅行でもない。
特別な贈り物でもない。
ただ、二人で年を重ねる。
その当たり前を、最後まで続けたかったのでしょう。
でも、もう一人はいない。
ひとりになった暮らしでは、梨を食べきれません。
冷蔵庫に、ラップをかけた半分が残る。
食べる人がいない。
捨てることも、ためらわれる。
梨が余ったのではありません。
一緒に食べるはずだった時間が、余ってしまったのです。
あなたにも、「また今度」がある
ここからは、あなたの話です。
「今度、温泉でも行こうか」
「うん、そのうちね」
「ちょっと話があるんだけど」
「あとで聞くよ」
「たまには顔を見せなさい」
「今、忙しいんだ」
どれも、悪意のない言葉です。
仕事がある。
予定がある。
家族にも、それぞれの暮らしがある。
連絡なら、LINEでできる。
元気かどうかも、画面越しにわかる。
だから、つい思う。
また今度でいい。
けれど。
「また今度」と言えた相手と、次も会える保証はありません。
あなたが先か。
相手が先か。
それは、誰にも決められません。
梨を買う。
たったそれだけのことを、私たちは何度、「まあ、いいか」と見送ってきたのでしょう。
そして、見送ったことさえ忘れてしまう。
失った時間は、失ったときには気づけません。
気づくのは、もう同じ時間を取り戻せなくなってからです。
お墓の前には、三人いる
では、お墓とは何でしょう。
私は、お墓の前には三人いると思っています。
石の下で眠る人。
いま、手を合わせているあなた。
そして、少し離れたところから、あなたの背中を見ている誰か。
その誰かは、あなたの姿を見ている。
どんな手つきで手を合わせるのか。
どんな言葉を口にするのか。
亡くなった人のことを、どんなふうに語るのか。
そして、どんな生き方をしてきたのか。
人は、教えられた言葉だけを受け継ぐのではありません。
目の前の人が生きる姿から、知らず知らずのうちに何かを受け取っていく。
誰かを大切にすること。
約束を守ること。
忙しくても、顔を見に行くこと。
あるいは、大切な人を後回しにしないこと。
そうした生き方が、次の世代の中に残っていく。
命は、誰かの身体の中だけで続くのではありません。
誰かの生き方の中でも、受け継がれていくのです。
そして、その誰かは、まだ遠い未来の話ではありません。
いま、あなたの隣にいる人かもしれない。
あなたの「また今度」を、今日も聞いている人かもしれません。
石に名前を刻む、その前に
私たちは、石屋です。
射場石利石材。
先祖代々324年、石に名前を刻んできました。
名前を刻むことは、単に文字を石に残すことではありません。
そこには、誰と生きてきたのか。
誰を大切にしてきたのか。
これから、誰とつながっていきたいのか。
そんな、一人ひとりの物語があります。
お墓の相談の席で、必ず出てくる問いがあります。
「この石に、誰の名前を並べますか」
夫婦であっても、親子であっても。
ふだんは、あらためて話す機会がないことがあります。
これから、どう生きていきたいのか。
誰と、どんな時間を過ごしたいのか。
お墓の相談をして初めて、互いの未来を言葉にする人たちがいる。
墓石を選ぶ時間が、これからの暮らしを考える時間に変わる。
私は、そこに石屋の仕事の意味があると思っています。
朱色の名前が、教えてくれること
夫婦のお墓には、ときどき朱色の名前があります。
まだ生きている人の名前です。
先に亡くなった人の名前の隣に、これから自分が入る場所を示すように、その名前が刻まれていることがあります。
その人は、お墓参りのたびに自分の名前を見る。
ここに、自分の居場所がある。
そう感じることもあるでしょう。
けれど、私は思うのです。
本当に一緒にいたかったのは、石の隣ではない。
生きている、その人の隣だったはずだ、と。
石には、名前を残せます。
思い出をつなぐこともできます。
けれど、一緒に梨を食べることはできません。
坂道で、「少し休もうか」と声をかけることもできない。
だからこそ。
まだそばに人がいる今日を、大切にしてほしいのです。
お墓の意味は、亡くなった人を思い出すことだけではありません。
その人から受け取ったものを、これからどう生きるか。
次の誰かへ、何を渡していくか。
そこまで考えたとき、お墓は過去をしまっておく場所ではなくなるのです。
命のバトンを、未来へつなぐ場所になります。
「老いて暮らしたかった」を、「老いて暮らす」へ。
「二人で老いて暮らしたかったな」。
その言葉には、取り戻せない時間への思いがあります。
では、いま隣に誰かがいる私たちは、どうでしょう。
「いつか一緒に」と思っていることはないでしょうか。
「落ち着いたら」と後回しにしていることはないでしょうか。
老いて暮らしたかった。
その願いを、まだ選べる人もいます。
明日、何が起きるかはわからない。
だからといって、今日を恐れて生きる必要はありません。
ただ、今日できることを、今日のうちに一つ。
今夜、梨をひとつ買ってみる。
半分に割って、大きいほうを渡してみる。
「一緒に食べよう」
それだけでいい。
温泉に行く約束でもいい。
電話を一本かけることでもいい。
「この前はごめん」と伝えることでもいい。
「また今度」を、一回だけ「今日」に替えてみる。
大きなことをする必要はない。
命のバトンは、案外、そんな小さな行動から渡っていくのかもしれません。
あなたの名前の刻まれた墓前に、誰が立つのでしょう。
そして、その人は、いま、あなたの隣にいるでしょうか。
石に名前を刻む日が来る前に。
今日、一緒に笑える人がいるのなら。
その時間を、どうか大切に。
お墓は、命のバトン。
今日を笑顔にするもの。
明日を元気にしてくれるもの。
おかえりなさい。
秋の夕暮れ。
あなたの「また今度」が、ひとつ「今日」に変わりますように。

石の個性と、家族の物語をつなぐ。
命のバトンを未来へつなぐ伴走者
射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所在地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148-183
営業時間:8:00~18:00
定休日:年末年始のみ
メール:[info@iba.co.jp](mailto:info@iba.co.jp)
LINE:https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資格】
◇ 大阪府知事許可(般-4)第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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