射場石利石材株式会社

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2026.10.16

親を忘れて笑った。その笑い方は、親に似ていた。――シリーズ「お墓は、命のバトン」

 

あなたが亡き親を思い出すのは、 たいてい、幸せな日ではありません。

 

仕事で行き詰まった夜。 

子どもが熱を出した朝。 

医師の声が、ふっと低くなった診察室。

 

そんな時、心の中で呼びます。

 

「お父さん」 

「お母さん」

 

けれど。

 

家族で笑い合う食卓では、呼びません。

 

仕事がうまくいった日も。 

子どもが元気に駆け回る休日も。

 

親のことなど、すっかり忘れている。

 

薄情でしょうか。

 

 

今朝の毎日新聞に、一句が載っていました。

 

「しあわせな時には思い出さぬ亡父(ちち)」

 

北九州市のお鶴さんの投稿です。

 

幸せな時には、亡き父を思い出さない。

 

たったそれだけの言葉なのに、胸の奥で、何かが止まりました。

 

なんと正直な一句だろう。

 

そして、なんと深い一句だろう。

 

お鶴さんが、どんな思いで詠まれたのか。 

私は知りません。

 

だから、勝手な物語はつくりません。

 

ただ、この一句から、どうしても考えずにはいられなかったことがあります。

 

人は、本当に、忘れた人から何も受け継いでいないのでしょうか。

 

ひとつ、聞かせてください。

 

あなたの笑い方は、誰に似ていますか。

 

おかしくて、思わず吹き出してしまう時。 

目尻が下がる、その表情。

 

箸を置く時の、何気ない手つき。 

帰ってきた家族にかける、「おかえり」の声。

 

疲れている人を見つけた時、そっと差し出す一杯のお茶。

 

誰かに教わった覚えなど、もうないかもしれません。

 

それでも、あなたは知っている。

 

そういう時、人はどう振る舞えばいいのかを。

 

かつて、あなたにそうしてくれた人がいたからです。

 

もちろん、親と同じ生き方を選ばなかった人もいるでしょう。

 

受け取れなかった優しさを、次の誰かには渡そうと決めた人もいるでしょう。

 

それもまた、ひとつの継承です。

 

命は、誰かの身体ではなく、生き方の中で受け継がれる。

 

意識していなくても、受け継いでいる。

 

名前を呼ばなくても、その人からもらった何かを、今日も使って生きている。

 

故人は、あなたの記憶から消えたのではありません。

 

あなたの日常に、溶け込んでいるのです。

 

だから、幸せな日に忘れてしまう。

 

それは、必ずしも薄情ではない。

 

忘れられるほど、あなたの人生の一部になった。

 

そう考えることも、できるのではないでしょうか。

 


 

では、お墓は何のためにあるのでしょう。

 

忘れていても受け継がれるのなら、石に名前を刻む意味は何なのでしょう。

 

秋のお墓に、立ってみてください。

 

柄杓の水が、墓石の肌をゆっくりと濃く染めていきます。

 

水は、思ったより冷たい。

 

目の前に、名前があります。

 

もう返事をしてくれない人の名前です。

 

その名前を見つめながら、あなたは何を話すでしょうか。

 

「あの時は、ごめん」

 

「ありがとう」

 

「なんとか、やってるよ」

 

声に出すかもしれません。 

出さないかもしれません。

 

石は、何も答えません。

 

でも、不思議なものです。

 

答えが返ってこなくても、少しだけ、心が軽くなることがあります。

 

ずっと言えなかった言葉を、ようやく置いてこられた気がする。

 

お墓とは、そういう場所でもあるのだと思います。

 

幸せな日に、思い出さなくてもいい。

 

けれど、人生には、どうしても呼びたくなる夜があります。

 

誰にも言えない失敗をした夜。 

大切な人を守れなかったと悔やむ夜。 

もう一度、あの声を聞きたいと思う夜。

 

そんな時。

 

呼べる名前が、そこにある。

 

たとえ返事がなくても。 

もう、その手に触れることができなくても。

 

名前を呼べる場所が、残っている。

 

それだけで、人がもう一度、明日へ歩き出せることもあるのです。

 


 

1702年。元禄十五年。

 

私たちは、その頃から石と向き合ってきました。

 

時代は変わりました。

 

暮らしも、家族の形も、弔いの形も変わりました。

 

けれど、人が誰かを失い、その名前を呼びたくなる気持ちは、今も変わらずにあります。

 

私たちが石に刻んできたのは、文字だけではありません。

 

誰かが生きたという事実を、次の誰かが確かめられる場所。

 

それを、残してきたのだと思います。

 

墓石は、人の代わりにはなれません。

 

抱きしめてくれることもありません。 

励ましの言葉を返してくれることもありません。

 

それでも。

 

何十年たっても、そこに名前がある。

 

何も言えない日でも、ただ手を合わせることができる。

 

そして、もし隣に小さな子がいたなら。

 

その子もまた、あなたが手を合わせる姿を見るでしょう。

 

水のかけ方を覚えるかもしれません。

 

けれど、本当に受け継いでほしいのは、柄杓の使い方ではありません。

 

会ったことのない人にも、感謝できる心。

 

自分の命が、自分ひとりで始まったわけではないと感じられる心。

 

その心です。

 

石に刻まれるのは、名前。

 

けれど、その名前の先にある生き方は、石の外へ、どこまでも渡していくことができる。

 

お墓は、命の終点ではありません。

 

受け継いだ命を、もう一度、未来へ手渡す場所なのです。

 


 

いつか、あなたを思い出さずに笑う人がいるかもしれません。

 

あなたの子どもかもしれない。 

孫かもしれない。 

血のつながらない、誰かかもしれない。

 

その人は、あなたの名前を呼ばないまま、誰かに優しくするかもしれません。

 

あなたが、かつてそうしたように。

 

その時。

 

あなたが生きた時間は、消えているのでしょうか。

 

いいえ。

 

その人の生き方の中で、また新しい時間を生きている。

 

私は、そう信じたいのです。

 

だから、幸せな日には、親を忘れていてもいい。

 

思い出さない自分を、責めなくてもいい。

 

ただ、時々でいい。

 

自分の中に、誰かから受け取った優しさがあることに気づいてほしい。

 

そして今日、その優しさを、次の誰かに渡してほしい。

 

親を思い出すことだけが、供養ではない。

 

親から受け取ったものを、自分の生き方でつないでいく。

 

それもまた、深い供養なのではないでしょうか。

 

お墓。それは、今日を笑顔にするもの。 

それは、明日を元気にしてくれるもの。

 

おかえりなさい。

 

秋の夜が、少しずつ長くなりました。

 

今夜、誰かの名前を呼びたくなったら、呼んでください。

 

そして明日。

 

その人から受け取った何かを、誰かに渡してください。

 

命のバトンは、あなたの今日を通って、未来へ向かっています。

 

 

石の個性と、家族の物語をつなぐ。

 

命のバトンを未来へつなぐ伴走者

 

射場石利石材株式会社

 

六代目当主 射場一之

 

 

 

【基本情報】

所在地:大阪府茨木市新和町16番19号

電話番号:0120-148-183

営業時間:8:00~18:00

定休日:年末年始のみ

メール:[info@iba.co.jp](mailto:info@iba.co.jp)

LINE:https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj

 

【資格】

◇ 大阪府知事許可(般-4)第87663号

◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号

◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号

◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04

◇ 建築石材アドバイザー 222034

◇ 相続診断士 20333425

◇ 終活ガイド 00005872

 

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