
2026.10.04
死んだ母は、もう歳をとらない。私だけが老いていく。――シリーズ「お墓は、命のバトン」
※本稿は、新聞に掲載された短歌をもとに、筆者の視点で再構成した作品です。特定の人物の実体験を記録したものではありません。

あなたは、母が亡くなった歳を言えますか。
父でもいい。
たぶん、言える。
命日は忘れても、その数字だけは、なぜか忘れない。
五十八。
母は、五十八歳で止まっている。
あなたは、五十九になる。
すると……。
母が、あなたより年下になる。
考えてみれば、少し残酷な話です。
死んだ人は、歳をとらない。
歳をとるのは、生き残った人だけです。
母が五十八歳で亡くなったとします。
あなたはいま、五十七歳。
あと一年。
来年、並ぶ。
再来年、追い越す。
その数字を、あなたは、いつからか心の中で引き算している。
「母まで、あと一年」
そんなふうに。
そして、怖くなる。
母と同じ歳になったら、自分も死ぬのではないか。
母を追い越したら、母を置いていくことになるのではないか。
あるいは、もっと言いにくいこと。
母がいなくなったあと、自分は、何のために歳をとるのだろう。
そんなことを考えてしまう夜がある。
もちろん、そんなことを考えない人もいる。
けれど、考えてしまう人もいる。
その違いに、正解も不正解もありません。
ただ、ひとつ確かなことがあります。
母は、もう歳をとらない。
あなたは、とる。
新聞の歌壇で、一首に出会いました。
死後にも近きステンドグラスの紺碧よ 母はいつまで年上だろう
ステンドグラスの深い青。
光を通した、その青が、死後の世界にも近いように感じられる。
そして最後に、「母はいつまで年上だろう」と問う。
私は、この一首を読んだとき、この人もまた、母との年齢差を数えていたのではないかと思いました。
母の歳。
自分の歳。
その差。
そして、いつか来る逆転。
答えは、歌の中にはありません。
でも、答えがないからこそ、この問いは残るのです。
私たちの人生の中に。
墓前に立つ。
線香に火をつける。
煙がこちらへ流れてくる。
風向きのせいだ。
わかっている。
それでも、一瞬、息を止める。
柄杓で水を掛ける。
乾いた石が、ゆっくりと深い色になる。
側面を見る。
母の名前。
その横に、数字。
五十八。
十年前も、五十八。
今日も、五十八。
明日も、五十八。
動いているのは、私だけだ。
そう思うと、お墓というものが、少し怖くなる。
ここには、時間の止まった人と、時間から逃げられない人がいる。
石は、何も言わない。
だから、こちらから言う。
「お母さん。来年、並ぶよ」
返事はない。
でも、返事がないことこそが、死というものなのでしょう。
私は石屋です。
射場石利石材は、1702年から、この仕事を続けています。
324年。
その間、私たちは、数えきれない名前と数字を石に刻んできました。
けれど、守ってきたのは、石そのものだけではありません。
石の前でしか言えない言葉。
誰にも言えない後悔。
言葉にならない寂しさ。
そして、「まだ生きている自分は、これからどう生きればいいのか」という問い。
お墓には、そういうものまで置いていける。
母の名前を読む。
母の歳を読む。
自分の歳を思う。
そして、また帰る。
お墓とは、過去に戻る場所ではなく、未来へ戻っていく場所なのかもしれません。
そして、その日が来る。
あなたは五十九歳。
母は五十八歳。
とうとう、母を追い越す。
生まれてからずっと、母は自分より先を歩いていた。
けれど、その日からは違う。
あなたのほうが年上になる。
おかしい。
悲しい。
少し怖い。
そして、たぶん、ものすごく寂しい。
「お母さんを置いていってしまった」
そう思うかもしれません。
でも。
本当にそうでしょうか。
あなたは母を置いていくのではありません。
母が行けなかったところまで、あなたが行くのです。
母が見られなかった五十九歳の朝を見る。
六十歳の朝を見る。
その先を見る。
母が知らなかった景色を、あなたが見る。
母が知らなかった人と出会う。
母が知らなかった喜びを知る。
母が知らなかった悲しみも、引き受ける。
そして、いつか気づく。
「あれ?」
自分の笑い方が、母に似ている。
黙り方が、母に似ている。
誰かを心配するときの言葉が、母そっくりだ。
子どもを叱る声まで、母に似ている。
嫌だったところまで、受け継いでいる。
そこに気づいて、少し笑う。
母は五十八歳のままなのに。
あなたの中で、母は歳をとり始める。
だから私は思います。
お墓参りとは、亡くなった人を若返らせるために行くのではない。
もしかすると、母に、もう一度、歳をとってもらうために行くのではないか。
五十八歳だった母に、あなたの五十九歳を見せる。
六十歳を見せる。
その先を見せる。
母が生きられなかった時間を、あなたが生きていく。
それは、母を置いていくことではありません。
母の人生に、あなたの人生で続きを書くことです。
だから。
みっともなくていい。
迷っていい。
情けなくていい。
母の期待に応えられない日があってもいい。
ちゃんと生きられない日があってもいいのです。
それでも、生きてください。
母のために、ではありません。
あなた自身のために。
そして、結果として、母の続きを生きることになる。
それが、いちばん長いお墓参りなのだと思います。
お墓は、死者を閉じ込める場所ではありません。
残された人が、命をもう一度、受け取り直す場所です。
手を合わせる。
顔を上げる。
そして、帰る。
金木犀の香る帰り道。
秋の光が、あなたの背中をそっと押す。
まるで、「まだ、行けるよ」と言うように。
命は、身体だけでは受け継がれません。
笑い方に。
口ぐせに。
仕草に。
価値観に。
誰かを思いやる、その一瞬に。
そして……生き方に。
母は、五十八歳で止まった。
でも、母の命まで、五十八歳で止まったわけではない。
あなたが生きる限り。
あなたが一歩進む限り。
母の命もまた、あなたの中で先へ進んでいく。
だから、母を追い越していい。
追い越さなければならない日も、きっと来る。
そのときは、振り返ってください。
そして、こう言えばいいのです。
「お母さん。ここからは、私が連れていくよ。」
それが、命のバトンなのだと思います。

石の個性と、家族の物語をつなぐ。
命のバトンを、未来へつなぐ伴走者。
射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所在地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148-183
営業時間:8:00~18:00
定休日:年末年始のみ
メール:[info@iba.co.jp](mailto:info@iba.co.jp)
LINE:https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資格】
◇ 大阪府知事許可(般-4)第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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