
2026.09.17
お別れの作法を、ひとつ破った。シリーズ「お墓は、命のバトン」

新聞の歌壇に、こんな一首がありました。
「お別れに 卒寿の義兄の くちづけを ひたいに受ける ひつぎの姉よ」
九十歳の男性が、棺の中の女性の額に、唇を寄せた。
日本の葬儀に、「口づけ」という作法はありません。
それでも、彼はした。
作法を、ひとつ破った。
私は、そのことが妙に心に残りました。
これは、感動的な話にしたいわけではありません。
短歌に描かれた一場面を、一場面のまま、静かに置いてみたいのです。
※本稿は、新聞歌壇に掲載された短歌を題材に、筆者の視点で再構成したものです。実際の出来事の詳細や、ご本人の心情を証言するものではありません。
お別れの作法は、何のためにあるのでしょう。
深く、頭を下げる。
静かに、手を合わせる。
言葉を失っても、そこにいる。
そうした作法は、残された私たちが、悲しみの中で立っているためのものなのかもしれません。
けれど。
九十歳の義兄は、その作法の外へ、一歩出た。
額に、くちづけをした。
なぜ、そうしたのか。
それは、本人にしかわかりません。
ただ、短歌に残されたその一瞬を見ると、「亡くなった人」と「残された人」のあいだにあるはずの距離が、ほんの一瞬だけ、消えたように見えます。
死んだから、触れてはいけない。
死んだから、遠ざけなければならない。
そんな境界を越えて、「あなたは、まだ大切な人だ」と、身体で伝えるような行為だった。
……そう読むこともできるのではないでしょうか。
そして、私は思います。
お墓もまた、その「距離」をどうするかのためにあるのではないか、と。
お墓は、死者を過去に閉じ込める場所ではない。
そこには、その人が生きた時間があり、その人を見送った人の時間があり、そして、その姿を見た次の世代の時間がある。
過去と現在と未来。
本来なら、別々に流れていく時間が、ひとつの場所で重なる。
それがお墓なのではないでしょうか。
だから私は、石に刻まれているのは「名前」だけではないと思っています。
石に刻まれているのは、「この人を、忘れなくていい」という許可なのかもしれない。
「ここに来て、話しかけていい」
「思い出して、笑っていい」
「今でも、大切にしていい」
そんな許可を、何十年という時間に耐える石に預けている。
私たちは、石を彫っています。
けれど、本当に彫っているものは、文字だけではない。
命の続きを、置く場所をつくっている。
そう考えると、石を見る目が少し変わります。
墓石は、死の象徴ではない。
生きた人の記憶が、次の人へ渡っていくための「場」なのです。
射場石利石材が、324年にわたって石と向き合ってきた。
その時間の先にある仕事も、単に石を加工することではないのだと思います。
家族が積み重ねてきた物語を、次の世代が受け取れる形にする。
そのために、石という時間の長い素材を扱う。
もし、あなたに、九十年後にも、誰かの額に唇を寄せたいと思える相手がいるなら。
今日、その人を大切にしてください。
大げさなことでなくていい。
一緒に食事をする。
名前を呼ぶ。
話を聞く。
ありがとう、と言う。
そういう小さなことの一つひとつが、いつか誰かに受け渡される「生き方」になっていく。
命は、身体だけで受け継がれるのではない。
生き方の中で、受け継がれる。
だから、お墓は「死」のためだけにあるのではない。
その人が生きた証を、次の誰かへ渡すためにある。
命のバトンを、静かに置いておく場所なのです。
お墓。
それは、今日を笑顔にするもの。
明日を、少し元気にしてくれるもの。
そして、「あなたも、この命の続きを生きていい」と、静かに伝えてくれるもの。
おかえりなさい。
彼岸花が揺れるこの季節。
大切な人へ届けたい想いが、静かに実を結びますように。

石の個性と、家族の物語をつなぐ。
命のバトンを、未来へつなぐ伴走者。
射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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