
2026.09.13
その“ひとり”を、ひとりで抱えなくていい。――シリーズ「お墓は、命のバトン」

蛍が、消えていく。
ひとつ、また、ひとつ。
音もなく。
新聞歌壇に、こんな一首がありました。
「蛍ひとつまたひとつ消ゆ夫逝きて音なき闇夜にひとり眺むる」
夫を亡くした人が、闇の中で、蛍を数えている。
ひとりで。
――でも、本当にそうでしょうか。
その夜、この方は、本当に”ひとり”だったのでしょうか。
はっきり言います。
あなたがお墓参りを続けているのは、亡くなった人のためではありません。
それは、あなた自身が、ひとりにならないためです。
認めたくない人もいるでしょう。
でも、事実です。
蛍の命は、短い。
一週間ほどで、光を止めます。
けれど、来年の夏にも、同じ場所で、蛍は光ります。
同じ個体ではない。
同じ光でもない。
でも、”光り方”は、消えていません。
お墓も、同じです。
そこにあるのは、お骨ではない。
石でもない。
そこにあるのは――
“光り方”そのものです。
過去に、光った人。
今、それを見ている人。
まだ生まれていない人。
お墓は、その三つを繋ぐ、ひとつの装置です。
射場石利石材が、何を守っているか。
安心、ではありません。
場所、でもありません。
守っているのは──
“人が、ひとりにならない仕組み”です。
似たような夜を過ごした方に、話を聞いたことがあります。
「主人が死んでから、家の中で音がしなくなったんです」
テレビをつけても、テレビの音しかしない。
誰かに向けて話す声が、消えた。
その方は、月命日に、必ずお墓に来ます。
花を替え、水をかけ、しばらく立って、帰っていく。
特別なことは、何もしていません。
でも、こう言いました。
「ここに来ると、まだ会話が続いている気がするんです」
お墓は、声を返しません。
けれど、”向き合う相手”を、消さない。
それだけで、人は、闇の中で、ひとりではいられるのです。
蛍の光を、「消えた」と見るか。
「繋がった」と見るか。
それは、あなた次第です。
闇夜にひとり蛍を眺めていたあの人も、
今は、たぶん、気づいています。
消えたのは、光ではなく。
「ひとりで抱え込む理由」のほうだった、と。
今日、あなたが誰かのお墓の前に立つなら。
それは、過去を悼むためではありません。
今日を、ちゃんと生きるための、確認です。
お墓。それは、今日を笑顔にするもの。
それは、明日を元気にしてくれるもの。
おかえりなさい。
蛍の光が消えた夜の続きに、鈴虫の音が静かに満ちていきますように。

石の個性と、家族の物語をつなぐ。
命のバトンを、未来へつなぐ伴走者。
射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
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