
2026.05.30
遺骨のない戦死者が、80年後に帰宅した日。(66left)

空の箱を、泣きながら抱きしめたことがありますか。
中には何も入っていない。
それでも、それが息子だった。
そんな時代がありました。
太平洋戦争の末期。
学徒出陣で南方へ渡った一人の青年が、フィリピンで命を落としました。
遺骨は帰りませんでした。
家に届いたのは、空の箱だけでした。
父親は、その箱を抱いたそうです。
そして、ぽつりと呟いた。
「きっと餓死であったろう……」
そんな投書が新聞にありました。
その言葉を、投稿者は直接聞いたわけではありません。
何十年も後になって、夫の記憶を通して知ったそうです。
彼女はその叔父に会ったことがない。
顔も知らない。
声も知らない。
それでも、その話を聞いて以来、ずっと胸のどこかに残ってた……。
ある日、息子がフィリピンを訪れた。
そして、大叔父が戦死したと伝えられる場所へ、足を運んだ。
そこは荒れた土地だった。
観光地でもなく、慰霊施設でもない。
ただ風が吹き抜ける、静かな場所だった。
息子はしばらく立ち尽くし、やがて石を一つ拾った。
ねずみ色の、どこにでもありそうな小さな石だった。
誰かに頼まれたわけではない。
理由もなかった……。
けれど人は、ときどき、理由より先に祈る。
その石は日本へ持ち帰られ、小さな壺に納められた。
そして長い間、墓の香炉のそばに置かれていた。
やがて夫が旅立った。
納骨の日。
墓を開ける朝、彼女はその壺を持って行った。
誰に相談したわけでもない。
ただ、そうするのが自然だと思ったから。
そして祖父母のお骨のそばへ、その壺をそっと置いた。
小さな壺は、両親のお骨に抱かれるように納まった。
誰も何も言わなかった。
けれど、みんな分かっていた。
帰ってきたんだな、と。
八十年かかった。
空の箱のまま終わるはずだった青年が、ようやく家族のもとへ帰ったのだ。
お墓は、亡くなった人のための場所だと思われています。
もちろん、それもあります。
けれど私は、それだけではないと思うのです。
お墓は、生きている人が、愛し続けることを選ぶ場所です。
父は空の箱を抱いた。
大甥は石を拾った。
甥の妻は壺を納めた。
誰にも命じられていません。
理屈でもありません。
ただ、そうしたかったのです。
愛とは、案外そういうものなのかもしれません。
あなたの家にも、まだ帰れていない想いがあるかもしれません。
言えなかった感謝。
間に合わなかった別れ。
もう一度会いたかった人。
もっと話しておけばよかった夜。
そうした想いは、どこかで居場所を探しています。
お墓とは、死者の場所ではありません。
生きている私たちが、「忘れない」と決める場所です。
今日、お墓参りに行かなくてもかまいません。
ただ一人。
誰かを思い出してください。
そして、その人への想いを、何かの形にしてみてください。
手を合わせるでもいい。
写真を見るでもいい。
言葉を書くでもいい。
その小さな行為が、人の心を未来へ運びます。
お墓。
それは、今日を笑顔にするもの。
それは、明日を元気にしてくれるもの。
お帰りなさい。
誰かを思い出す人の胸へ、初夏のキラキラした光が差しますように。
私たちは、墓石を建てているのではありません。
過去と、現在と、未来を静かにつなぎ続ける柱を建てています。

射場石利石材
六代目当主 射場一之
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