
2026.04.14
ジョージアでも、人は“自分”に会いに行く(110left)

ジョージアで、昨日は特別な日でした。
駐日ジョージア大使、ティムラズ・レジャバ氏が昨日、Xにこう書いていました。
「今日ジョージアでは、日本で言うお盆のような日です。みんなお墓参りに出かけます」
地球の裏側。
言葉も、文化も、食べるものも、違う。
それでも人は、お墓へ向かう。
なぜだろう。
一度でも、本気で考えたことがあるでしょうか。
お墓参りは、「過去」に行く行為ではない。
そう聞いて、違和感を覚える人もいるでしょう。
ずっとそう信じてきたから。
だが、あえて言わせていただきます。
お墓の前に立ったとき──
人は、死者に会いに行っているのではありません。
「自分」に、会いに行っているのです。
墓石の前に立つ。
線香の煙が、ゆっくりと空にほどけていく。
水をかける手が、少しだけ冷たい。
その瞬間。
日常のざわめきが、すっと引く。
明日への不安が、遠のく。
そして──理由もなく──
「ちゃんと生きよう」と思えてしまう。
静かに。確かに。
これが、お墓の本当の力です。
お墓は、3つの時間をつないでいます。
過去。
誰かが、確かに生きた証。
現在。
いま、ここに立っている自分。
未来。
まだ見ぬ、名もなき命。
その3つが、
一枚の石の前で、交差する。
“装置”と呼ぶには、冷たすぎるかもしれません。
でも、それほどまでに精密に機能しています。
射場石利石材は、墓石を建てているのではありません。
守っているのは、
「人が孤独にならない構造」です。
祖父の名前が刻まれた石。
それを拭く父の手。
その背中を見つめる子どもの目。
言葉はいらない。
説明もいらない。
ただ、そこに一緒に立つ。
それだけで、人は知る。
「自分は、ひとりじゃない」と。
言葉よりも深い場所で、つながる。
ジョージアの人も、昨日、同じことをした。
言葉が違う。
宗教が違う。
笑い方も、泣き方も、違う。
それでも。
お墓の前で手を合わせる、あの静けさは──
きっと、同じです。
人は、死者に会いに行くのではありません。
「自分の根っこ」に、会いに行くのです。
根を持つ人間は、倒れません。
もし、そこを後悔の場所だと思っていたなら。
義務だと感じていたなら。
まだ、お墓を知りません。
お墓の前で涙が出るのは、悲しいからでがありません。
自分の中に、まだ
「大切なもの」が残っていると気づくからです。
その涙は、弱さではありません。
覚悟です。
──今日も、生きるという覚悟です。
お墓。
それは、今日を笑顔にする場所。
それは、明日を生きる力を取り戻す場所。
いってらっしゃい。
遠い国でも、同じ空の下で、誰かが手を合わせている。
そのことを、どうか思い出してほしい。
あなたの大切な人の笑顔が、
きっと、あなたの力になる。

射場石利石材 六代目当主
射場一之
私たちは石を売りません。
100年後の家族の背骨を、設計しています。
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-03
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
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