
2026.07.12
お墓は、命のバトン。「隣にいた」は、一番残酷な思い込みだった。(36left)

お墓の前で、私は何度も、同じ沈黙を見てきました。
「ずっと隣にいたと思っていたんです。」
そこまで言うと、誰もが言葉を失います。
その続きを、私は何度も聞いてきました。
「でも……うちの人は、そう思っていなかったみたいで。」
お墓には、涙より重い沈黙があります。
そして、その沈黙は、生きている私たちに問いかけます。
あなたは、本当に隣を歩いていましたか。
正直に言います。
私にも、隣にいるつもりで、後ろを歩かせている人がいるかもしれません。
気づいていないだけで。
新聞の歌壇に、こんな一首がありました。
「よく随(つ)いて来てくれたねと遺書にあり並んで生きた人生なのに」
私は、その一首から目が離せませんでした。
「随いてくる」
それは、隣ではありません。
後ろです。
何十年も、夫婦だと思っていた。
何十年も、家族だと思っていた。
それでも最後に残った言葉は、
「今日も一緒だったね」
ではなく、「随いてきてくれたね」だったのです。
言わなかっただけ。
言えなかっただけ。
気づいていたのに、気づかないふりをして、歩き続けてしまっただけ。
その年月は、二度と戻りません。
墓石を建てるとき、ご遺族は、決まって私に尋ねます。
「うちの人は、幸せだったのでしょうか」
私は、その答えを持っていません。
でも、いつも胸に浮かぶ問いがあります。
「あの人は、幸せだったか」
ではありません。
「私は、あの人を幸せにしていただろうか」
その問いだけは、亡くなった人には答えられません。
生きている私たちだけが、答えを変えられるのです。
お墓は、死者のためにあるのではありません。
残された人が、もう一度、「命の並び方」を学び直す場所です。
誰が前を歩いていたのか。
誰が後ろを歩いていたのか。
誰と肩を並べていたのか。
誰の手を離してしまったのか。
その答えは、墓石には刻まれていません。
私たちの生き方に、刻まれています。
だから、お墓は、過去を振り返る場所ではありません。
歩き方を変える場所なのです。
私たちがお墓をつくるとき、本当につくっているものは、墓石ではありません。
「もう、独りにはさせない」という約束です。
その約束は、亡くなってから交わすものではありません。
今日、隣にいる人と交わすものです。
今日、隣にいる人がいるなら。
どうか、その手を取ってください。
そして、「今日も、隣を歩いてくれて、ありがとう」
そう伝えてください。
でも、本当に大切なのは、その一言ではありません。
明日も、隣を歩ける自分でいることです。
命は、遺書では受け継がれません。
財産でも、肩書きでもありません。
命は、生き方で受け継がれる。
だからこそ、今日という一日が、命のバトンになります。
お墓。
それは、亡くなった人が眠る場所ではありません。
命のバトンを、今日、誰に手渡すのかを思い出す場所です。
お墓。
それは、今日を笑顔にするもの。
それは、明日を元気にしてくれるもの。
おかえりなさい。
夏の光が、今日も隣を歩く人の横顔を、やさしく照らしますように。

射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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