
2026.06.12
父は、死ぬ日まで私に迷惑をかけなかった。(60left)

祖父母が、父母が死んだ日のことを、人はなぜか、「穏やかだったですね」と言います。
嘘ではないのでしょう。
でも、本当でもない。
穏やかだったのではない。
ただ、どうしていいか分からなかったのではないでしょうか。
泣けばいいのか。
感謝を伝えればいいのか。
もっと早く帰ればよかったと悔やめばいいのか。
そのどれもが中途半端で、人はただ立ち尽くす。
新聞にこんな投書がありました。
今年2人の父を見送った。
実父は正月休みが明けてすぐだった。
転院の日程も決まっていた。
準備もしていた。
ところが父は、その日程を待たずに逝った。
予定していたことが、一瞬で全部いらなくなった。
偶然だと思おうとした。
でも、思えなかった。
義父も同じだった。
月末にはライブがあった。
妻はそれを楽しみにしていた。
孫も、できれば学校を休みたくなかった。
義父は日曜日に逝った。
まるで全員の予定を確認したあとで、静かに席を立ったように。
二人の父が、偶然同じことをするでしょうか。
私は、偶然という言葉を簡単には使えません。
投稿者の父たちは、死ぬ直前まで計算していた。
いや。
計算ではありません。
愛だった。
転院の日程。
家族の予定。
孫の学校。
楽しみにしていた時間。
そのすべてを見届けてから、静かに去っていった。
息が苦しくなっても。
意識が遠のいても。
最後まで手放さなかったものがある。
「あの子に迷惑をかけたくない」
たった一つの願いです。
父の生き方を美しいと言うのは簡単です。
立派だったと言うのも簡単です
自分もそうありたいと語るのも簡単です。
でも。
本当に問われているのはそこではありません。
迷惑をかけずに死ぬために。
大切な人を困らせないために。
私は今日、何をしたのか。
何を準備したのか。
何もしていない。
その事実だけが、静かに胸に残る。
お墓の前に立つとき、人は過去を見ているのではありません。
見られているのです。
「お前は今日、どう生きたか」
そう突きつけられるのです。
父が問うているのではありません。
父を見送った投稿者が、自分に問うているのです。
だから怖い。
答えがないから。
だから人は、手を合わせる時間を短くする。
花を供え、線香に火をつけ、少し目を閉じて、帰る。
本当は、そこに長く立ちたくない。
自分自身から目をそらしたいからです。
お墓は、亡くなった人のためにあるのではありません。
生きている人のためにあります。
迷った日に立ち返るため。
逃げそうになった日に、もう一度、自分を思い出すため。
石の前に立つと、不思議なことが起こります。
答えはもらえない。
でも。
問いだけは、驚くほど鮮明になります。
射場石利石材がつくるのは、お墓ではありません。
問いの場所です。
立ち止まる場所です。
逃げ続けた人間が、ある日ふと足を止められる場所です。
「自分はどう生きるのか」
誰にも聞かれず、誰にも急かされず、静かに考えられる場所です。
孤独に。
でも、一人ではなく。
投稿者は『坂の上の雲』を読み始めた。
義父にもらった本だといいます。
その人が今見ているのは、活字だけではありません。
ページをめくる指先。
本を渡した日の表情。
何気なく交わした会話。
読み終えたあと、感想を聞きたそうにしていた顔。
そのすべてが、活字の向こうから立ち上がってくる。
人は、何かを受け継ぎながら生きています。
言葉を受け継ぎ。
想いを受け継ぎ。
願いを受け継ぎ。
そして、いつか自分も誰かへ渡していく。
それが、生きるということなのだと思います。
お墓。
それは、今日を笑顔にするもの。
明日を元気にしてくれるもの。
そして、いつかの別れの日にも、「ありがとう」を伝え続けられる場所。
行ってらっしゃい。
今年、大切な人を見送ったすべての方へ。
静かで深い時間が、これからの人生を照らしますように。
私たちは、墓石を建てているのではありません。
過去と、現在と、未来を、静かにつなぎ続ける柱を建てています。

射場石利石材
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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