
2026.05.13
お墓参りをやめた瞬間、人生が静かに壊れ始めた。(81left)

お墓参りを「義務」だと思った瞬間、人は少しずつ、生きる感覚を失います。
気づいていた。
「行かなければ」が、「行きたい」を殺していたことに。
でも、認めたくない。
認めた瞬間、何か大切なものが、音もなく崩れそうだったから。
忙しかったわけじゃない。
怖かったのだ。
新聞に、一首の短歌がありました。
線香と花と一合瓶を持ち島へのフェリーに乗る放哉忌
尾崎放哉(ほうさい)という人がいました。
東大を出た。
全部、捨てた。会社も。家庭も。体裁も。
最後は、瀬戸内の小島で、ひとり死んだ。
咳をしても一人
放哉の代表作です。
縁もゆかりもないその詩人の墓へ、線香と花と、一合の酒を持って、フェリーに乗る人がいる。
私は、その背中に、自分を重ねました。
もし、自分がこのフェリーに乗るなら——何のために行くのだろう。
義務ではない。
予定でもない。
では、何か。
しばらく、答えが出ませんでした。
そのことが、怖かった。
お墓とは何か。
ほとんどの人は「死者が眠る場所」だと思っています。
「先祖を祀るもの」だと、習ってきたことでしょう。
でも、違います。
断言します。
お墓は、死者のためにあるのではありません。
お墓は——
生きている人間のために、あるのです。
手を合わせる瞬間、人は「いま」に戻ります。
スマートフォンを見ない。
仕事を忘れる。
昨日でも、明日でもなく、
ほんの数秒だけ、人は「いま」を生きる。
その時間を、贅沢と呼ばずに、何を贅沢と言うのでしょう。
冬の石は、冷たい。
でも、触れていると、少しずつ体温を持ちはじめる。
生きている人間が、石に熱を渡していく。
私は、供養とは、この“熱の受け渡し”なのだと思います。
手を合わせるたび、人は問われます。
「私は、いま、どう生きているか」と。
射場石利石材が守っているのは、石ではありません。
場所でもなければ、安心でもありません。
人が、孤独にならない構造です。
人は死にます。
誰もが知っていることです。
でも、誰も、本気では信じていません。
自分が死ぬことも。
大切な人がいなくなることも。
腹の底では、「まだ先のことだ」と思いながら、今日もスクロールし、今日も眠る。
その「まだ先」のあいだに、人は、静かに流されていきます。
立ち止まる場所がない。
繋がりを確認する場所がない。
お墓は、その流れを止める“錨(いかり)”です。
錨のある船は、嵐の夜でも流されません。
錨のない船は、凪の日ですら、方向を失います。
射場石利石材が、一基一基の石に込めているもの。
それは、この錨を、ちゃんとした重さで作るという覚悟です。
理念ではありません。
覚悟です。
フェリーに乗るあの人は、放哉の墓前で、何を思ったのでしょう。
会ったこともない詩人に、線香を立てながら。
たぶん——
「来てよかった」ではなく、もっと静かな感覚だと思います。
「ここに来た自分を、好きになれた」
そんな感覚だったのではないかと思います。
人は、その感覚で、今日を歩く。
その感覚こそが、生きる力の正体なのだと思います。
お墓とは、過去を拝む場所ではありません。
今日を、もう一度、生き直す場所です。
手を合わせるたび、人は少しだけ、自分に戻る。
いってらっしゃい。
この夏、あなたが迷わず、帰る場所へ向かえますように。

人が孤独にならない構造を、石に刻みます。
射場石利石材
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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