
2026.04.30
お墓が怖いのは、死者のせいじゃない。(94left)

お墓参りが、怖い。
足が重くなる。
理由を探して、また後回しにする。
でも、それはあなただけではありません。
多くの人が、同じところで立ち止まります。
──ただし。
その「怖さ」の正体を、正面から見た人は、ほとんどいません。
◆
怖いのは、本当に“亡くなった人”ですか。
違うはずです。
そこに立つと、“逃げてきた自分”が見えてしまうから。
言えなかった言葉。
謝れなかった記憶。
会いに行かなかった、あの日。
お墓は、鏡です。
過去ではありません。
今のあなたを、そのまま映す鏡です。
だから、痛い。
◆
多くの人が、勘違いしていることがあります。
お墓は、死者のための場所ではありません。
“生きているあなた”が、気づくための場所です。
あなたの親がいて、その親がいて、さらにその先が、ずっと続いている。
命は、途切れていません。
あなたは今、その流れの“最前線”に立っているのです。
◆
そして、気づくはずです。
過去は、終わっていない。
あなたの中で、いまも動いている。
さらに言えば──
あなたの後ろには、まだ見ぬ未来があります。
お墓の前に立つとき、人は知ります。
自分は、過去と未来を同時に背負っている存在だと。
◆
ある人が、こう詠みました。
母と妻が競いて植し椿なり美しく咲くことのわびしさ
その“変わらなさ”が、失ったものを、容赦なく浮かび上がらせる。
だから、わびしい。
でも、その人は逃げなかった。
立ちつづけた。
感じつづけた。
──わびしさを。
それは、弱さではありません。
まだ、大切にしている証です。
◆
正直に言いましょう。
お墓参りに行かない人は、ゆっくりと、自分を見失っていきます。
急じゃない。
だから、気づかない。
自分が何者か。
何に支えられてきたか。
どこから来たのか。
それを忘れたとき、人は脆くなります。
根を失った木のように。
立っているようで、どこにもつながっていない。
◆
お墓参りは、義務ではありません。
礼儀でもない。
自分の“根”を、取り戻す行為です。
帰れる場所がある、という感覚。
呼べば応えてくれる、という確信。
ひとりじゃない、という実感。
それがあるから、人は前に進めるのです。
◆
だから、お墓を建てます。
形のためではありません。
孤独にならないための、構造を残すためです。
そこに立つ、未来のあなたのために。
◆
お墓は、終わりの場所ではありません。
今日を、笑顔にする場所です。
明日を、生きる力を取り戻す場所です。
◆
いってらっしゃい。
椿が咲く季節に、
あなたがまた、そこに立てますように。
そして──
そのとき、もう逃げなくていいのです。
私たちは石を売りません。
「後悔を、未来に変える場所」をつくっています。

射場石利石材
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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