
2026.08.04
誰にも頼まれていないのに、花は供花になっていた。シリーズ「お墓は、命のバトン」(13left)
※本稿は、新聞に掲載された「百日紅母なき庭の供花となり」という俳句をもとに、筆者の視点で再構成したものです。

花だけが、母の死を知りません。
百日紅は、今年も迷わず咲きました。
同じ枝に。
同じ色で。
何事もなかったように。
水をやっていた人が、もう、この庭にはいなくても。
母は、真夏の早朝、まだ日差しがやさしい時間に庭へ出ていました。
麦わら帽子をかぶり、ホースの水を根元へ静かに流し、伸びすぎた枝を少しだけ整える。
汗をぬぐう仕草も、剪定ばさみの小さな音も、もう、誰も見ていません。
花は、その手を覚えているわけではありません。
だから、これは悲しい話ではないのです。
もっと、不思議な話です。
木は、誰が育てたかを知らなくても、今年も咲く。
母が見上げた夏。
あなたが見上げる夏。
そして、まだ生まれていない誰かが、いつか見上げる夏。
百日紅は、その三つの時間を、一本の幹でつないでいます。
説明もせず。
感謝も求めず。
ただ、そこに立って。
お墓も、同じです。
死んだ人のためだけにある場所ではありません。
過去と、今と、まだ見ぬ未来を、静かにつなぐ場所です。
石は、何も語りません。
それでも、そこに立つだけで、「ここには、確かに命が受け継がれてきた」
そう教えてくれます。
孤独とは、いなくなることではありません。
忘れられていく速さです。
だから人は、思い出だけを残そうとするのではありません。
つながりを残そうとするのです。
紙は朽ちます。
写真は色褪せます。
名前も、いつか誰にも呼ばれなくなるかもしれません。
それでも、石に刻まれた名前は、風雨に耐えながら、長い時間、その場所に立ち続けます。
母がいなくなった庭で、今年も百日紅が咲いたように。
誰にも頼まれていないのに、花は、今年も供花になっていました。
だから私たちは、石に文字を刻みます。
亡くなった人を閉じ込めるためではありません。
誰かがいなくなっても、命のつながりは、ここで終わらない。
その約束を、目に見える形にするためです。
先日も、お墓参りに来られた息子さんが、
掃除の行き届いた墓石を見つめながら、
ぽつりと、「ああ、まだ、ちゃんと続いているんやな」
そうつぶやいて帰られました。
それだけでした。
でも、それだけで十分だったのです。
百日紅の花言葉の一つに、「不用意」があります。
何も考えずに咲く花。
だからこそ、人の心を動かすのかもしれません。
あなたも、いつか誰かにとっての「供花」になります。
意図したわけでもなく。
頼まれたわけでもなく。
ただ、誠実に生きた、その日々が。
今日、誰かへ向けた一言も。
今日、庭へまいた水も。
今日、家族に見せた背中も。
いつの日か、誰かが、「まだ、つながっている」
そう感じる理由になります。
覚悟を決める必要はありません。
特別なことをする必要もありません。
ただ、今日という一日を、丁寧に生きること。
命は、そうやって受け継がれていくのです。
お墓。
それは、今日を笑顔にするもの。
それは、明日を元気にしてくれるもの。
おかえりなさい。
残暑の庭に咲く百日紅のように、あなたの大切な人が、今日も静かに微笑んでいますように。
※本稿は、新聞に掲載された俳句から着想を得て、命が受け継がれていく姿を筆者の視点で再構成したものです。
命は、誰かの身体では終わらない。
誰かの生き方の中で、受け継がれていく。
お墓は、命のバトン。

命のバトンを未来へつなぐ伴走者
射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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