
2026.08.13
祖父は、泣かなかったのではない。泣けなかったのかもしれない。――「お墓は、命のバトン」(4left)

あなたの家族が、戦死したら。
あなたは、どうしますか。
泣きますか。
それとも――
泣けないでしょうか。
新聞に、一首が掲載されていました。
祖父は耐へ祖母は号泣せしと聞く三十四歳戦死の叔父に
三十四歳で戦死した叔父。
その知らせを受けたとき、祖母は号泣し、祖父は耐えた。
たった一首の中に、二人の悲しみ方の違いが刻まれています。
ただ、ここで大切なことがあります。
これは、私自身の家族の実話ではありません。
新聞に掲載された、この一首を読んで、私は残された家族のことを想像しました。
祖父は、本当に「耐えた」のでしょうか。
それとも。
泣くことすらできなかったのでしょうか。
怒りだったのか。
絶望だったのか。
悲しみだったのか。
あるいは、その全部だったのか。
私には、わかりません。
本人が語っていない以上、勝手に決めることもできません。
でも――
わからないからこそ、想像することはできます。
声を上げて泣く人がいる。
黙り込む人がいる。
同じ悲しみでも、人によって、その表れ方はまったく違います。
泣く人には、誰かが背中に手を置くことができる。
けれど、黙っている人の背中には、「大丈夫」と言うことすら難しい。
だから、もしかすると。
声にならなかった悲しみほど、長い時間をかけて、その人の中に残っていくのかもしれません。
三十四歳。
人生の途中で、時間が止まった人。
そして、その死を知らされた家族は、その日から、その人のいない人生を生きていかなければならなかった。
墓石に刻まれた名前は、ただの名前ではありません。
そこには、その人が生きた時間がある。
残された人が抱えた時間がある。
そして――その後を生きた人たちの時間がある。
だから私は思うのです。
お墓は、過去をしまっておく場所ではない。
そこには、受け取った命を、これからどう生きるのかという問いも、静かに置かれているのではないでしょうか。
言えなかった「ありがとう」。
飲み込んだ「ごめん」。
伝えられなかった「愛している」。
誰にも見せなかった涙。
消えたように見えて、本当は消えていない感情があります。
人は、亡くなって終わるのではありません。
その人から受け取ったものが、残された人の生き方の中に残っていきます。
優しさ。
覚悟。
仕事への姿勢。
家族への愛。
誰かを守ろうとする心。
そうやって、命は次の人へ渡っていきます。
命は、誰かの身体では終わりません。
誰かの生き方の中で、受け継がれていくものです。
それが、命のバトンなのだと思います。
だから、お墓参りは、過去を振り返るだけの時間ではありません。
「あなたから受け取ったものを、私はこれから、どう活かして生きるか」
そう問いかける時間なのかもしれません。
今日、もしお墓に手を合わせるなら。
亡くなった人のためだけではなく、あなた自身のこれからのためにも、少しだけ立ち止まってみてください。
お墓は、命を終わらせる場所ではありません。
命を、次へ渡す場所なのだから。
お墓。
それは、今日を生きる力になるもの。
明日を生きる勇気を、そっと渡してくれるもの。
いってらっしゃい。
迎え火の煙が、言葉にできなかった想いまで、静かに未来へ運んでくれますように。
命は、誰かの身体では終わらない。
誰かの生き方の中で、受け継がれていく。

命のバトンを未来へつなぐ伴走者
射場石利石材株式会社
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-04
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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