
2026.04.07
そのお墓参り、誰に会いに行っていますか?(112left)

あなたは——
死んだ人のために、お墓参りをしていると思っているかもしれません。
……違います。
あれは、
「自分に会いに行く行為」です。
今年の早春。
新聞の片隅に、こんな一句がありました。
「死ぬならば桜の花の咲く頃に」
……声に出してみてください。
どこか、静かに揺れませんでしたか。
この句には、嘆きがありません。
あるのは——
「どこで終わるかを、自分で選ぶ」という意思です。
桜の下で、終わりたい。
満ちきったあの瞬間に、この命を返したい。
それは、死への諦めではありません。
人生への、執着に近い愛です。
私たちは、死を遠ざけて生きています。
縁起でもない。
まだ早い。
考える必要はない。
……本当に?
長年、お墓と向き合ってきた私たちは知っています。
お墓は、死者のために存在していないことを。
お墓は——
過去と、現在と、未来をつなぐ“装置”です。
ある春の朝。
ひとりの女性が、祖母の墓の前に立っていた。
花を供え、手を合わせ、目を閉じる。
風が吹いた。
桜の花びらが、一枚。
静かに、墓石の上に落ちた。
その瞬間——彼女は気づいた。
「ここに来ると、私は叱られている」
でも、不思議と怖くない。
それは祖母ではない。
自分の中にいる、もう一人の自分だ。
「ちゃんと、生きているか?」
と。
お墓は、後悔を映す鏡ではありません。
覚悟を、引きずり出す鏡です。
守っているのは、石ではありません。
「人が孤独にならない構造」です。
人は、自分ひとりで生まれたと思い込む。
……違います。
あなたの中には、
何代もの命が流れています。
その連なりが、地上に現れたもの。
それが——お墓です。
お墓の前に立つとき。
人は初めて、理解します。
「自分は、ひとりではない」
理屈ではなく。
皮膚で。
桜は、必ず散ります。
だから、美しい。
命も、必ず終わる。
だから——今日が、光る。
「死ぬならば桜の花の咲く頃に」
この言葉は、死を語っていません。
問いかけているのです。
「今日を、どう生きるか」と。
お墓とは——
今日を、笑顔に戻す場所。
明日へ、背中を押す場所。
いってらっしゃい。
今年の桜が、
あなたの一歩を、そっと肯定してくれますように。
私たちは石を売りません。
100年後の家族の背骨を設計しています。

射場石利石材
六代目当主 射場一之
【基本情報】
所 在 地:大阪府茨木市新和町16番19号
電話番号:0120-148183
営業時間:8:00~18:00
定 休 日:年末年始のみ
メ ー ル:info@iba.co.jp
L I N E :https://line.me/R/ti/p/@582fiyxj
【資 格】
◇ 大阪府知事許可(般-4) 第87663号
◇ 労働大臣認定 1級技能士石加 第84号
◇ 経済産業省公認 石匠位認定 第89001号
◇ お墓ディレクター1級 05-100101-03
◇ 建築石材アドバイザー 222034
◇ 相続診断士 20333425
◇ 終活ガイド 00005872
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